最初の頃、彼はよく「好きだよ」と言ってくれた。
短いLINEでも、帰り際の一言でも、ふたりきりの夜でも。
その一言があるだけで、苦しい関係なのに、少しだけ救われた気がした。
「家のほうとは、もう形だけなんだ」
「君といると楽になる」
「いつか、ちゃんとする」
そう言われるたびに、信じたい気持ちが強くなった。
でも今は、前ほどは言ってくれないのかもしれない。
言ってくれていたとしても、その言葉の先にある未来だけが、なぜか見えてこないのかもしれない。
好きと言ってくれた。
大切だと言ってくれた。
でも、私はこの先、どこまで待てばいいのだろう。
この記事では、既婚者の彼から「好き」と言われた記憶に救われながら、それでも心の奥に残る違和感を、静かに見ていきます。
その時間は、確かに本物だった
彼とふたりでいた時間を、全部嘘だったとは思えない。
初めて手をつないだ夜のこと。
何でもない話で、なぜかお腹が痛くなるくらい笑い合った夜のこと。
仕事で疲れ果てていた日に、何も言わずに、ただ抱きしめてくれたこと。
あなたの好きな食べ物を、ちゃんと覚えていてくれたこと。
ふと見せる、誰にも見せていないであろう、無防備な顔。
そういう時間の中で、彼は確かに、あなたを大切に扱ってくれた。
「好きだよ」と言ってくれた。
「会いたい」と言ってくれた。
「君といると、本当に楽になる」と言ってくれた。
「君のほうが、俺のことを分かってくれる」と、そう言ってくれた夜もある。
今も、言ってくれる日があるかもしれません。
けれど、前ほどはっきりとは言わなくなった人もいると思います。
それでも、過去に言ってくれた言葉のひとつひとつに、今も救われている。
苦しい関係なのは、自分でも分かっている。
こんなはずじゃなかった、と思う夜もある。
それでも、彼の隣にいる時の自分が、いちばん自分らしくいられる気がする。
誰にも言えない関係。
友達にも、家族にも、堂々と話せない関係。
それでも、手を離せない理由が、ちゃんとある。
それを、誰かに責められたくない。
彼を好きになってしまったのは、選んだことじゃない。
気づいた時には、もう、ここにいた。
彼の「好き」を、信じている。信じたい
彼の言葉を、疑いたくありません。
あなたを好きだと言ってくれたこと。
会いたいと言ってくれたこと。
あなたといる時間に、安らぎを感じているように見えたこと。
それを、全部なかったことにはできない。
「家のほうとは、もう、形だけなんだ」と言われた夜、その言葉を信じた。
「いつか、ちゃんとする」と言われた時、その「いつか」を、ずっと握りしめている。
「君のことは、本当に大事に思ってる」と言われる時、その「本当に」を、何度でも数え直している。
彼が他の既婚男性と同じだとは、思いたくない。
彼は、ちゃんと向き合ってくれる人だと思いたい。
私のことを、最後にはちゃんと選んでくれる人だと、思いたい。
だって、それくらい、彼の優しさを、本物だと思える瞬間があったから。
彼の優しさが本物だったからこそ、諦めることも、信じきることも、できないでいる。
でも、未来の話になると、輪郭がぼやける
不思議なことが、ひとつあります。
彼との会話の中で、過去の話、今の話、明日や来月の話までは、普通にできる。
でも、もっと先の話。
半年後。一年後。三年後。
その辺りの話を、それとなく切り出してみると、彼の輪郭が、少しだけぼやける気がする。
「ねえ、これからのこと、どう思ってる?」
そう聞いた時、彼はいつも、少し黙る。
目をそらすか、視線を手元に落とすか、グラスを持ち上げる。
そして、こう言う。
「考えてはいるよ」
「焦らないでほしい」
「今は、家のほうが色々あって」
「タイミングを見てる」
「君のことは、ちゃんと大切にしたいから」
その言葉は、優しい。
否定もされていない。
でも、何ひとつ、具体的なものは残らない。
会話が終わって、ひとりになった夜、ふと気づく。
──結局、今日も、何も決まらなかった。
そして、その瞬間に、心の奥のどこかで、小さく何かが沈んでいく感覚がある。
その感覚に、まだ名前をつけたくない。
「重い」と思われたくないから、聞けないこと
本当は、もっと聞きたいことがある。
家のほうとの関係は、本当はどうなっているのか。
離婚を考えてくれているのか。
私との未来を、どこまで現実として考えてくれているのか。
私は、いつまで、ここで待っていればいいのか。
聞きたい。
でも、聞けない。
聞いたら、彼が困った顔をするのが、もう分かっているから。
聞いたら、「重いな」と思われるかもしれないから。
聞いたら、彼が少し距離を取るかもしれないから。
聞いたら、この心地よい時間が、壊れてしまうかもしれないから。
だから、聞かない。
聞かないことを選んでいる自分は、本当はもう、何かに気づいているのかもしれません。
聞いたら、答えがないと分かってしまう。
聞いたら、彼の中に、自分の未来は、あんまり置かれていないと分かってしまう。
それを知るのが怖いから、聞かないでいる。
そう、心の奥で、本当はもう、薄々分かっている。
分かっているけど、認めたくない。
認めたら、これまでの自分の時間が、苦しくなってしまうから。
過去の「好き」を支えにしている夜がある
彼が今もはっきり「好き」と言ってくれるなら、まだ心は少し支えられるのかもしれません。
でも、前ほど言ってくれなくなった時。
連絡の温度が少し変わった時。
会っている時は優しいのに、離れると急に遠くなる時。
人は、今の彼ではなく、過去の彼の言葉を何度も思い出して、自分を支えようとすることがあります。
あの時、好きって言ってくれた。
大事だって言ってくれた。
いつかちゃんとするって言ってくれた。
だから、まだ信じてもいいのかもしれない。
そうやって、過去の「好き」という言葉を、今の孤独を耐えるための支えにしている夜がある。
でも、少しだけ見ておきたいことがあります。
彼がくれた過去の「好き」は、今のあなたの未来を保証してくれるものではないのかもしれません。
その時の言葉が嘘だったという意味ではありません。
ただ、その時の気持ちが、今の行動や未来の選択に、そのまま続いているとは限らない。
もしかすると、彼の中では、以前ほど言葉にしなくても、あなたは離れないという安心があるのかもしれません。
あるいは、はっきりした言葉を減らすことで、あなたにこれ以上期待を持たせすぎないようにしているのかもしれません。
どちらにしても、その変化は、あなたの心にはちゃんと届いている。
最初の頃の言葉を思い出して、自分を支えようとしている時点で、今の関係にはもう、少し寂しさが混じっているのかもしれません。
奥さんが、本当はどんな人なのか、知らない
これは、誰にも言えなかった本音かもしれません。
あなたは、彼の奥さんに、どこかで嫉妬しています。
会ったこともない人。
顔も知らない人。
性格も、声も、知らない人。
なのに、その人が、彼の隣で眠っている。
その人が、彼と同じ家で、何でもない朝食を食べている。
その人が、彼の苗字を持っている。
その人が、彼の家族として、社会から認められている。
彼が「家のほうとはうまくいっていない」と言うたびに、安心したい自分がいる。
「もう冷めてる」と言われると、ほっとする自分がいる。
「君のほうが分かってくれる」と言われると、勝ったような気持ちになる自分がいる。
そして、その「勝ったような気持ちになる」自分を、少しだけ嫌いになる。
誰のことも、傷つけたかったわけじゃない。
誰かを蹴落としたかったわけでもない。
ただ、彼を好きになっただけだった。
それなのに、いつの間にか、見たことのない人と、自分を比べている。
そして、比べている自分を、責めている。
その消耗は、本当に、誰にも言えない。
そして、心のどこかで、もう気づいている。
言葉の中では、自分がとても大切にされている。
でも、生活の形としては、彼はまだ、家庭の中にいる。
その、ずれ。
そのずれに、本当はもう、気づいている。
彼の中にも、たぶん、揺れがある
彼を、悪人だとは、思いたくありません。
そして、たぶん、彼は悪人ではない。
彼の中にも、揺れがあると思います。
あなたを好きな気持ちは、本物かもしれない。
でも、家庭を壊す覚悟は、まだ持てていない。
子どものことを考えると、動けない。
仕事や、社会的な立場を失うのが、怖い。
両親や親族に、何と言えばいいのか分からない。
あるいは、配偶者を、最後の最後で、傷つけきれない。
あるいは、もっと正直に言えば──
今の生活を大きく変えないまま、あなたとの時間も失わずにいられる。その状態が、彼にとって、いちばん動かずに済む場所になっている可能性もあります。
そう書くと冷たく聞こえますが、人は、現状が壊れるのを、本能的に怖がる生き物です。
彼が今の関係を変えたくないのは、彼があなたを愛していないからではなく、変えるためには、彼自身が多くを失わなければならないからかもしれません。
彼は、それを、まだ選べていない。
そして、選べていないまま、あなたに「好きだよ」と言い続けている。
あるいは、もう以前ほど言葉にしなくなっている。
彼は、悪人ではない。
でも、結果として、あなたを待たせ続けている。
それは、事実として、ここにある。
「好き」と言える夜と、「ちゃんとする」と言える夜は、違う
彼があなたに言ってくれた言葉を、思い返してみてください。
楽しい。
癒される。
会いたい。
愛してる。
触れたい。
一緒にいると元気が出る。
君のほうが、分かってくれる。
これらの言葉は、確かに、嬉しい言葉です。
そして、彼の中にあった気持ちの一部だったのかもしれません。
でも、これらの言葉を口に出した後、彼の生活は、何か変わったでしょうか。
たぶん、何も変わっていない。
翌朝、彼は、いつもの家に帰っていく。
同じ家族と、同じ朝食を食べ、同じ職場に出かけていく。
週末は、家族の予定が入っている。
お盆も、年末年始も、彼は家族と過ごす。
「好き」も「会いたい」も「君のほうが分かってくれる」も、何度言っても、彼の生活は、動かない。
これらは、彼にとって、口に出してもほとんど何も失わない言葉だからです。
一方で、彼が、まだ一度も、はっきりと口にしていない言葉があります。
離婚する。
家庭と向き合う。
あなたと、一緒になる。
これらの言葉は、口に出した瞬間に、彼の人生が、本当に動き始めてしまう言葉です。
家族の生活が変わる。
子どもとの関係が変わる。
財産や生活の基盤が動く。
社会的な立場が変わる。
両親や親戚との関係が変わる。
仕事に影響することもある。
これらは、彼にとって、本当に重い言葉です。
だから、なかなか、出てこない。
そして、出てこないまま、「好きだった」「大切だった」という言葉の記憶だけが、あなたの中で繰り返される。
その繰り返しの中で、あなたは、待ち続けている。
愛されていないわけじゃない。でも、選ばれているとも、言い切れない
あなたが、たぶん、いちばん近いところで感じているのは、こういう感覚ではないでしょうか。
愛されていない、とは思わない。
彼の優しさは、本物だった。
彼の言葉も、全部が嘘だったとは思えない。
でも、選ばれているか、と問われると、なぜか、はっきりと「選ばれている」と言い切れない自分がいる。
その感覚は、間違っていません。
愛されることと、選ばれることは、似ているようで、別のことです。
愛されるのは、彼の感情の中で起きていること。
選ばれるのは、彼の人生の中で起きていることです。
あなたは、彼の感情の中では、大切な場所にいたのかもしれない。
彼は、あなたといる時間を、大切に感じていたのかもしれない。
彼の中で、あなたが特別な場所にいるように見える瞬間もあった。
でも、彼の人生の中で、あなたがどこに置かれているのかは、まだ、はっきりとは見えていない。
彼の生活の中心には、まだ、家庭がある。
彼の社会的な立場の中に、あなたはいない。
彼の未来の予定の中に、あなたとの未来は、具体的には書き込まれていない。
愛されているように感じた。
でも、選ばれているとは、まだ言い切れない。
その境界線の上に、あなたは立っている。
何度「好き」と言われても、あるいは、もう言われなくなっても、心のどこかで安心できない理由は、たぶん、ここにあります。
その「好き」が、あなたの未来を、どう扱っているか
彼の気持ちが本物かどうかを、占う必要はないと思います。
本物の部分は、あったのかもしれません。
全部が嘘だったとは、思わなくていい。
でも、見ておいてほしいことが、ひとつだけあります。
彼の「好き」は、あなたの未来を、ちゃんと扱ってくれているでしょうか。
あなたの時間。
あなたが結婚や出産を考えるかもしれない年齢。
あなたが他の誰かと出会えたかもしれない可能性。
あなたが、堂々と恋人として紹介される未来。
あなたが、誰かのいちばん大切な人として、社会の中で扱われる権利。
それを、彼の「好き」は、どこまで扱ってくれているでしょうか。
彼の「好き」は、彼の今の心地よさを守る方向には、たくさん働いている。
でも、あなたのこれからを守る方向に、どれだけ働いているか。
その問いは、すぐに答えを出さなくて大丈夫です。
今すぐ別れを決める必要も、ありません。
彼を悪者にする必要もありません。
ただ、自分の中に、その問いを置いておくこと。
それは、できます。
彼の言葉を信じることと、自分のこれからを見ることは、両立できます。
言葉にできない違和感を、消そうとしなくて大丈夫です。
その違和感を、ジャッジされずに置いておける場所として、「あわい」という余白もあります。
答えを出す場所ではなく、ただ、自分の本音を、そっと置いておく場所として。
― Relationship Profiling Insight ―
彼の「好き」は、すべて嘘だったとは言い切れません。けれど、その言葉が積み重なっても、彼の生活が動くとは限りません。「好き」と言えることと、「あなたとの未来を選ぶこと」は、別の場所にある言葉です。そして、彼がくれた過去の「好き」も、今のあなたの未来を保証してくれるものではありません。あなたが感じている違和感は、愛されていないからではなく、選ばれているとは言い切れない場所に立たされている、その境界線の苦しさかもしれません。
最後に
「好き」という言葉を、嬉しく受け取っていい。
彼との時間を、本物だったと、抱きしめていい。
誰にも、責められる必要はありません。
でも、その「好き」が、あなたの未来を扱ってくれていないと感じる夜があるなら、その感覚を、なかったことにしないでください。
その違和感は、あなたが弱いから感じているのではありません。
あなたが、自分の人生を、ちゃんと大切にしているから、感じているのです。
彼の「好き」を、信じていい。
過去に言ってくれた言葉を、大切だったものとして抱えていてもいい。
でも、その「好き」が、あなたを、どこに連れていこうとしているのか。
それは、あなたが、見ていい場所です。
そして、自分は、いつまで、この場所で、彼の「好き」を待っていられるのか。
どこまでなら待てて、どこからは待てないのか。
その境界線は、あなたが、自分のために持っていい線です。
好きと言ってくれることと、私との未来を選ぶことは、同じではないのかもしれない。
そして、彼がくれた過去の「好き」は、今の私の未来を保証してくれるものではないのかもしれない。
もし、心の奥で、もう、そう感じているなら。
その感覚は、間違っていません。
彼の言葉を信じたい気持ちと、心の奥にある違和感。
その両方をひとりで抱えていると、何を信じたいのか、何に傷ついているのかが見えにくくなることがあります。
少し離れた場所から、今の関係の現在地を、静かに見てみることもできます。

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